2017年11月10日金曜日

神を畏れる者

 神殿側の者たちが仕組んだインチキ裁判の筋書きを、イエスは逆に「神の筋書き」と見たのです。
 作者はカイアファの内心をこう書いてます。

このときかれは内心、この裁判のうそ寒さに気づいたっかもしれなかった。かれもまた神を畏れる者であったとすれば……

https://cloutierpd2paschalmystery.weebly.com/arrest-and-trial-before-the-sanhedrin.html


でももう大祭司の仮面をかぶってしまったカイアファです。行くところまで行くしかありません。でもそれが「神の筋書き」なのかもしれません。ユダヤの民がモーセに率いられてエジプトを脱出した話が旧約聖書にあります。そこでエジプトの王様は、なんどもユダヤの神によって「かたくな」にされました。まるで金縛りにあったみたいに。もう自分で自分をコントロールできないんです。

あとは雪崩をうつようにイエスの有罪が決定されます。そしてただちにイエスの身柄はローマ側に引き渡されるんです。イエスがローマに引き渡されるのは、あのゲッセマネが口実になって、ローマに対する反逆罪が成立したことになるからです。
 
 

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