このあと、イエスが唱えた祈りに対する反応が描写されます。ちょっと失礼して……
イエスが人前で祈るのを見て、みな驚いた。さらにそれが正式な祈り(カディシュ)の言葉から逸脱していることも、みなを驚かせた。ことに神に対する冒頭の呼びかけが親しみを込めた「父(アバ)よ」で始まったことは意外であった。それでもみな「アーメン」と唱和した。
教会ではあたりまえに唱えられている「主の祈り」ですけど、それはカディシュというユダヤ教の祈りを基して、それをアレンジしたものなのでしょうね。
イエスが人前で祈るのを見て、みな驚いた。さらにそれが正式な祈り(カディシュ)の言葉から逸脱していることも、みなを驚かせた。ことに神に対する冒頭の呼びかけが親しみを込めた「父(アバ)よ」で始まったことは意外であった。それでもみな「アーメン」と唱和した。
かれはそのとき初めてイエスを間近で見た。イエスはいくぶん緊張しているように見えた。日焼けした肌には艶があった。髭は延(ママ)びていたが、それがかえって容貌に風格を与えていた。
「父(アバ)よ、願わくは御名(みな)を崇めさせ給え、御国を来らせ給え、御心(みこころ)を行なわせ給え、日々の糧を与え給え、負債を赦し給え、悪より護り給え……」
「そうだ。師が捕まれば、おれたちにたいする官憲の追及は免れない。だがおれたちが散り散りになってしまえば、だれが師の遺志を引き継ぐのだ? これまでのように師に随っているだけでは済まなくなる。これからはもっと結束を固めなければ立ち行かなくなるだろう。だから組織が必要なのだ。組織をつくって官憲の追及から守られるような方策を立てていくことが必要なのだ。……その手始めに、やつらと交渉する必要があったのだ」
(それでは事は成らぬ ―― そうだ、そういうことだ、おれが予感していたことは……)
ペトロは頭を抱えた。
その気持ちはよくわかります。
「師は苦杯の底の底まで飲み干す、人の子として犠牲になる覚悟で、死ななければ生まれるものも生まれないのだ」
「そうだ、シモン。師が考えていることは、何かを壊すことではなく、神の国を建設することだ。これまでに現れた者たちが考えて来たようなものではなく、これまで誰も考えなかったような突拍子もないことを考えているのだ」
「とんでもないことだ。師を失ってしまえば、おれたちはどうなる? 頭石(かしら)を失った家と同じではないか。それだけは何としても阻止しなければならぬ」
「それでは事は成らぬのだ!」
ガリラヤの湖で仲間と漁をしている夢をみた。網に掛った魚が銀鱗をきらきらと輝かせていた。仲間たちは大漁に沸いていた。一人が歌い出すと、みなが声をあげて歌った。ペトロも歌った。すると遠くに「師」の姿が見えた。ペトロは「師」の方に向って歩いていった。
すると突然、「師」の背後から光が射した……
『マルコによれば』第2章について書いてきました。ここでちょっとこの章について感想を述べてみます。 本章は時系列からいうと第1章(プロローグ)の前に位置します。第1章はイエスの「 公生涯 」に沿った物語展開でした。本章はその前史で、作者が想像的に描いたものですが、イエスがキリ...