ところでバラバといえば、聖書ではピラトが民衆にけしかけて「バラバかイエスか」って似者択一を迫るシーンが有名ですけど、この小説ではバラバのことは名前くらいで、あとはスル―されてます。ちなみにバラバにフォーカスしたのがその名前のまんま『バラバ』。これもわたしの好きな小説です。この時代のふんいきを知るのにもよいのでお勧めです。今日はこのくらいで。
2017年11月28日火曜日
バラバ
祭司たちの抵抗でイエスをヘロデ・アンティパスのところへ送ろうという提案をひっこめたヘロデですが、こんどは別のアイデアが浮かびます。ピラトは最初から祭司たちの要請には魂胆があることを見抜いています。神殿であばれまわったのがイエスでないことも知ってます。誰かといえば、あのバラバです。ピラトといえども本当の犯人でないイエスを犯罪人にすることはできません。そこでイエスを鞭打ち刑で処罰して、あとはガリラヤに送還しようと考えます。ガリラヤでふたたび領主のヘロデに処分を決めてもらえるかもしれないと考えたからです。
ところでバラバといえば、聖書ではピラトが民衆にけしかけて「バラバかイエスか」って似者択一を迫るシーンが有名ですけど、この小説ではバラバのことは名前くらいで、あとはスル―されてます。ちなみにバラバにフォーカスしたのがその名前のまんま『バラバ』。これもわたしの好きな小説です。この時代のふんいきを知るのにもよいのでお勧めです。今日はこのくらいで。
ところでバラバといえば、聖書ではピラトが民衆にけしかけて「バラバかイエスか」って似者択一を迫るシーンが有名ですけど、この小説ではバラバのことは名前くらいで、あとはスル―されてます。ちなみにバラバにフォーカスしたのがその名前のまんま『バラバ』。これもわたしの好きな小説です。この時代のふんいきを知るのにもよいのでお勧めです。今日はこのくらいで。
2017年11月26日日曜日
ヘロデ・アンティパス
ピラトはここでちょっと頭に浮かんだアイデアを祭司たちに伝えます。それは、イエスをヘロデ・アンティパスのところへ送るというのです。
ところで、ここでちょっとブレイクしますけど、イエスはゲッセマネで逮捕されたあと、聖書では大祭司カイアファのところへ連れていかれ(ヨハネ福音書では先にカイアファの舅のアンナスの屋敷に連れて行かれます)、そこで裁判(予備裁判?)を受けたことになってます。でも小説では場所がいきなりサンヘドリン(神殿にあるユダヤの政府みたいな感じ)の法廷になってます。たしかにこのほうが分りやすくてすっきりしてます。
でもカイアファの屋敷で裁判が行なわれたのはなぜでしょう? それは過越し祭のような祭の前夜には開廷出来ないというような規制があったからからかもしれません。だから夜が明けてからサンヘドリンへ行ったのかも?(マルコ福音書15章1節)
とにかく作者が、イエスが連れていかれた先を大祭司の屋敷ではなく、サンヘドリンにしたのは、なにかわけがあるのかもしれません。どちらにしても裁判がこそこそと行なわれたことに違いはないのですが……
さてイエスをヘロデ・アンティパスのところへ送ろうとしたピラトですが、祭司たちの強い反対で撤回します。でもルカ福音書では、イエスはヘロデのところへ送られてます。(23章6節から12節)ヘロデの反応がおもしろいところですけど、作者は却下したみたいです。
2017年11月23日木曜日
お前はユダヤの王なのか?
それに、ピラトは祭司たちの小細工(あのゲッセマネでのお芝居です)も見抜いています。ただイエスがガリラヤの出身であることだけが気がかりのようです。
そこでピラトはイエスに「お前の罪状について、弁明する意思はあるか」と聞きます。イエスが黙っていると、横から祭司が「このガリラヤ人はユダヤの王を僭称する不届き者だ」と言って、ピラトに関心を向けさせようとします。そこでピラトはイエスに冗談めかしてたずねます。「お前はユダヤの王なのか?」と。ピラトはイエスをうつけ者だと思って軽くみているのです。
2017年11月21日火曜日
ピラト
ピラトは祭司たちを自分の執務室に来るよう求めますが、祭司たちは異邦人(ユダヤ人以外の人たちのこと)との接触を避けるために、ピラトが出向いて来るように要求します。ピラトはピラトで、なんで自分から出迎えなきゃならないのって感じで、これを受け付けません。そこで祭司のひとりが釣り玉としてイエスがガリラヤ人であることを伝えます。するとそれに釣られるようにピラトが姿を現します。ピラトが反応したのは、ガリラヤという地域が「ローマにとって厄介な地域」だったからです。ピラトは作者によって、つぎのように描かれます。
案の定、ピラトは祭司たちの前に現れた。かれは緊急時に備え、胸甲を身に着け、長靴(ちょうか)を履いていた。その風貌は狡猾そうな目と相俟って、ある種の猛禽を彷彿させた。
2017年11月20日月曜日
アントニア城塞
いよいよ9節に入ります。舞台はピラトが詰めいているアントニア城塞です。そこは神殿にくっついていて、ユダヤにとってはありがたくない所でしょうけど、ローマの軍隊がここからエルサレムと神殿に目を光らせているんです。監視塔みたいなものなのでしょう。
9節の導入の描写は時代背景がわかるように書かれていて、いろいろと教えられます。でもここでは割愛します。ぜひ小説よんでみてください。
さてイエスは、アントニア城塞の中庭(舗床の庭)に連行されてきます。そこで祭司長がローマの兵隊に用件をつたえます。その間しばらくそこの情景が描写されます。ちょっと引用してみましょう。
9節の導入の描写は時代背景がわかるように書かれていて、いろいろと教えられます。でもここでは割愛します。ぜひ小説よんでみてください。
さてイエスは、アントニア城塞の中庭(舗床の庭)に連行されてきます。そこで祭司長がローマの兵隊に用件をつたえます。その間しばらくそこの情景が描写されます。ちょっと引用してみましょう。
「舗床の庭」には未明の月影が、むらぬらと舗石を濡らしていた。中庭の要所々々には篝火が焚かれ、ぱちぱちと薪が爆ぜる音がした。中庭は厚い塁壁と四つの塔に囲まれていた。見上げると、各塔の上に歩哨が立ち、夜の監視に当っていた。……
臨場感がありますね。月の光が「ぬらぬらと」舗石を濡らしているって、とても新鮮な表現でしょ。そしてカメラワークが、ぐっと塔の高いところへ回っていくのもいいですね。
臨場感がありますね。月の光が「ぬらぬらと」舗石を濡らしているって、とても新鮮な表現でしょ。そしてカメラワークが、ぐっと塔の高いところへ回っていくのもいいですね。
2017年11月18日土曜日
2017年11月17日金曜日
イエスの皮肉
裁判を見ていたペトロの感想で、ちょっと興味深いところがあります。まず引用してみます。
「ペトロは、目の前で祭司たちが愚かしい喜劇を演じるのを見ていた。だが師イエスが言った『神の筋書き』という言葉には得心のゆかぬものが残った。師イエスは神という言葉を日ごろ口にしたことがなかったからである。」
あれほど祭司たちを驚かせた言葉なのに、ペトロは「そうだ」と反応しないで、かえって疑問を感じてるんです。作者はペトロの心の中もカッコで書いてます。
「(ひょっとするとそれは、祭司たちが戴く『神』の正体を白日の下に曝け出すための、師特有の皮肉であったのかもしれないが……)」
これってきっと、祭司たちが神を畏れない者たち、神の前で平気で偽りを行なう者たちであることを、イエスが曝露したってことではないかしら? イエスは神に対する不敬罪でさばかれるんですけど、ほんとうに神を敬っていないのはこの人たちです。ペトロはそのためにイエスが日ごろ口にしない神の名前を出しておどかしたんで、それで「先生の皮肉だったのかな」って考えたんじゃない?
じゃあ、イエスは神のことをどんなふうに考えていたんでしょう? 最後の晩餐の席でシモンが絡んだとき、イエスは「お前は神を何処かにいるものと思っているようだが、そういう神ならどこを捜してもみつかるまい」って、言ってましたね。そして「お前はここにいるではないか。神の心とはそういうものだ」と、謎めいたことを言ってました。わかりにくいけど、ちょっとわかるような気もします。でもこのへんで。
2017年11月12日日曜日
ペトロの否認
さて「公衆」に紛れて裁判の成り行きを見ていたペトロは、どうなっているんでしょう?
聖書では臆病者に描かれていますけど(あの三度の否認です)、小説では一度だけ否認する場面はありますけど、それは臆病だからじゃありません。自分がイエスの仲間だと名乗ったりしたら、計画が台無しになってしまうからです。ちょっと失礼して……
ペトロはその一部始終を見ていた。裁判の間中、できることなら自分が飛び出していって、師とともに裁かれたいと思った。だがそれはできなかった。その間ずっとペトロの耳許で聴こえていたのは「それでは事は成らぬのだ」というユダの言葉であった。この言葉によってペトロは辛うじて堪えていた。
聖書ではペトロはダメな弟子として描かれてますけど、小説ではまったく別の見方でペトロが(ユダも)描かれていて、それにキャラクターの動きがいろいろと絡んでいて、小説としてとても面白いんです。
2017年11月10日金曜日
神を畏れる者
神殿側の者たちが仕組んだインチキ裁判の筋書きを、イエスは逆に「神の筋書き」と見たのです。
作者はカイアファの内心をこう書いてます。
でももう大祭司の仮面をかぶってしまったカイアファです。行くところまで行くしかありません。でもそれが「神の筋書き」なのかもしれません。ユダヤの民がモーセに率いられてエジプトを脱出した話が旧約聖書にあります。そこでエジプトの王様は、なんどもユダヤの神によって「かたくな」にされました。まるで金縛りにあったみたいに。もう自分で自分をコントロールできないんです。
作者はカイアファの内心をこう書いてます。
このときかれは内心、この裁判のうそ寒さに気づいたっかもしれなかった。かれもまた神を畏れる者であったとすれば……
![]() |
| https://cloutierpd2paschalmystery.weebly.com/arrest-and-trial-before-the-sanhedrin.html |
でももう大祭司の仮面をかぶってしまったカイアファです。行くところまで行くしかありません。でもそれが「神の筋書き」なのかもしれません。ユダヤの民がモーセに率いられてエジプトを脱出した話が旧約聖書にあります。そこでエジプトの王様は、なんどもユダヤの神によって「かたくな」にされました。まるで金縛りにあったみたいに。もう自分で自分をコントロールできないんです。
あとは雪崩をうつようにイエスの有罪が決定されます。そしてただちにイエスの身柄はローマ側に引き渡されるんです。イエスがローマに引き渡されるのは、あのゲッセマネが口実になって、ローマに対する反逆罪が成立したことになるからです。
2017年11月9日木曜日
神の筋書き
でもカイアファはもとの仮面をかぶりなおして、訊問をつづけます。
それからまた口を開いた。
「だが、お前たちの筋書きが、神の筋書きだとしたら、どういうことになるか?」
「お前はメシアなのか?」
このとき、イエスはようやく口を開いて言った。
「なぜそのように訊くのだ。おれがメシアならどうだというのだ。おれが怖いのか。お前がほんとうに怖れているものは何だ?」
このとき、イエスはようやく口を開いて言った。
「なぜそのように訊くのだ。おれがメシアならどうだというのだ。おれが怖いのか。お前がほんとうに怖れているものは何だ?」
イエスに見透かされたカイアファは、内心の動揺を隠してイエスをどなりつけます。
でもイエスは皮肉な微笑を浮かべて答えます。
でもイエスは皮肉な微笑を浮かべて答えます。
「お前らはおれを筋書きどおりに抹殺したいのだろう」
そう言うと、イエスは正面に居並ぶ裁判官たちひとりひとりを舐めるように見回した。それからまた口を開いた。
「だが、お前たちの筋書きが、神の筋書きだとしたら、どういうことになるか?」
すごい発言です。つづきはまた。
2017年11月7日火曜日
大祭司カイアファ
法廷にあの大祭司カイアファ(カヤパ)が登場します。カイアファはイエスをあざけったあと、罪状を書記に読むよう命じます。それが終わると、証言者の証言がつづきます。みなうその証言をします。それもそのはず、証言者たちはみなイエスに不利なことしか言わない人たちを呼んでいるからです。傍聴する人たちも、じつは祭司の奴隷たちですから、作者は「公衆」とカギカッコをつけています。でもカイアファにも少しは祭司の自覚があります。
さしずめ現代なら、無実の人を有罪にしようとしている裁判長の心境というところ。つづきはまた。
内心イエスの弁明を恐れていたカイアファは、イエスが無言であることに安堵しながら、一方でイエスが何も言わないのを不思議に思った。……
さしずめ現代なら、無実の人を有罪にしようとしている裁判長の心境というところ。つづきはまた。
2017年11月6日月曜日
サンヘドリンの法廷
8節に入ります。
やがてゲッセマネで逮捕されたイエスが法廷に連行されてきます。つづきはまた。
エルサレムの天空に満月がかかっていた ――
ユダヤの新年を祝福するように、月影が神殿の金色の屋根を照らしていた。家々では人々がまだ眠りを貪っている時刻であった。
過越し祭が始まります。
でもこの大切な祭日にイエスの裁判が開かれるんです。しかも違法な裁判です。
裁判の場面を描いたこの節は、つぎの節と合わせて第1章の圧巻ともいえます。丁寧な描写で、読者を裁判の場面にいるかのように引き込んでくれます。やがてゲッセマネで逮捕されたイエスが法廷に連行されてきます。つづきはまた。
2017年11月5日日曜日
シモンよ、さらばだ
このあと、祭司はしぶしぶイエスの言葉にしたがいます。それから……
これはひょっとしたら作者のミスかもしれません。イエスをもう一度見たのは、シモン(ペトロ)ではなくて、ユダではないかな? きっとユダは名残おしかったんです。だからイエスの姿をしっかり目に焼き付けておきたかったんでは? それにイエスもちゃんとこたえてます。
「シモンよ、さらばだ」とユダは言って、ペトロに接吻した。
それからシモンは、もう一度イエスを見た。イエスが、うなずいた。」これはひょっとしたら作者のミスかもしれません。イエスをもう一度見たのは、シモン(ペトロ)ではなくて、ユダではないかな? きっとユダは名残おしかったんです。だからイエスの姿をしっかり目に焼き付けておきたかったんでは? それにイエスもちゃんとこたえてます。
このあとは、ユダの心境がのこされた「手記」というかたちで紹介されます。
長いのでちょっとだけ……「……おれは『主よ、赦してくれ』と心の中で何度も叫んだ。そのとき『お前はなすべきことを果たしたのだ』という師の声が聴こえた。……たとえおれに裏切り者の汚名が着せられようと、それはおれの本望だ。おれは地面にぬかずき、接吻した。そうしてようやく立ち上がることができた。去りゆく師とペトロの後姿を見ながら思った。これで良かったのだと……」
2017年11月3日金曜日
剣を収めよ
祭司の命令でイエスが連れていかれるとき、ユダが「待て」と言って、ペトロがついてゆくっていう約束を守らせようとします。ところが祭司はこれを無視します。
ユダはカチンときて「何!」って叫ぶと、祭司についてきた警備兵が剣を抜いたんです。
ユダって、こういう手下を使うことができるんでしょう。でもそこにイエスが入ります。
「おれは逃げはせぬ。だから約束は守れ」と、諭すように言った。
ああなんてなさけない人たちでしょうって思うように書かれているわけ。
でも小説の方は同じような場面でもぜんぜん違います。その違いが面白いんです。
ユダはカチンときて「何!」って叫ぶと、祭司についてきた警備兵が剣を抜いたんです。
が、つぎの瞬間、ユダの従者の一人が、背後から警備兵が腰に差した短剣を奪うや、それを祭司の喉元に突き付けた。一瞬の出来事であった。
ユダって、こういう手下を使うことができるんでしょう。でもそこにイエスが入ります。
するとイエスが「剣を収めよ」と、言った。
それから祭司に向って、「おれは逃げはせぬ。だから約束は守れ」と、諭すように言った。
これって、有名な場面です。ペトロが剣で相手の耳を切り落とすっていうすごい場面。マタイ福音書ではイエスは「剣を取る者は皆、剣で滅びる」って有名な言葉をいいます。
でもこのあと、弟子たちはみんなイエスを残して逃げてしまうんです。ああなんてなさけない人たちでしょうって思うように書かれているわけ。
でも小説の方は同じような場面でもぜんぜん違います。その違いが面白いんです。
2017年11月2日木曜日
イエスはだれか?
約束どおり、祭司と神殿警備兵が松明をかかげてやってきます。
ユダがイエスに近づき、「師よ」と言って、自分の唇をイエスの唇に押しあてた。イエスはユダを抱きしめた。
きっとそれはユダに対する感謝を表したのでしょう。そういえば妻のマリハムもイエスにキスしました。でもイエスは彼女を抱きしめなかった。なぜかな? それはおいて、このあとハプニングがおこります。それはまた。
「待たせたな」
祭司はそう言うと直ぐに、「イエスはだれか?」と訊いた。ユダがイエスに近づき、「師よ」と言って、自分の唇をイエスの唇に押しあてた。イエスはユダを抱きしめた。
きっとそれはユダに対する感謝を表したのでしょう。そういえば妻のマリハムもイエスにキスしました。でもイエスは彼女を抱きしめなかった。なぜかな? それはおいて、このあとハプニングがおこります。それはまた。
2017年11月1日水曜日
奈落の底
小説に戻ります。
イエスとユダは先にゲッセマネに着いています。ユダはすでに何人かの仲間をそこに待機させています。おそらく約束を破られたときの用心のためでしょう。
イエスとユダは先にゲッセマネに着いています。ユダはすでに何人かの仲間をそこに待機させています。おそらく約束を破られたときの用心のためでしょう。
「季節は春の到来を告げていたとはいえ、夜風は冷たかった。立っていると底冷えがした。そこに居合わせた者たちはみな肩をすぼめ、押し黙ったまま、奈落の底を覗き込む人のように項垂れていた。」
情景が目に浮かぶようです。でもそれだけではなく、そこにいる人たちの心も冷え込んでしまっているのが伝わってきます。イエスもペトロもユダもとても緊張しているんです。それにこれから逮捕されて死んでしまうことが分かっていれば、心の中は真っ暗にちがいありません。「どうかこの杯をわたしから取りのけてください」っていうイエスの言葉を、作者はリアルな状況設定で巧みに描きだしいていると思います。
わたしは神の子というより、人間であるイエスのほうが好きです。絶望の底でうめいているイエスが。それがほんとうの神の子なんです、きっと。作者はそう言ってるように思います。
登録:
投稿 (Atom)
第2章について
『マルコによれば』第2章について書いてきました。ここでちょっとこの章について感想を述べてみます。 本章は時系列からいうと第1章(プロローグ)の前に位置します。第1章はイエスの「 公生涯 」に沿った物語展開でした。本章はその前史で、作者が想像的に描いたものですが、イエスがキリ...
-
イエスが晩餐の終了を告げたあとも、もうしばらくこの場面はつづきます。 イエスはこう言います。 「みな聴いてくれ。おれは今日でここを去る。お前たちも知ってのとおり、おれは官憲に狙われている。だがおれが心配しているのはお前たちのことだ。おれの巻き添えをくって、お前たちまで逮...
-
4節です。 その日 ―― 過越祭を控えたある日 ―― ユダは、神殿内にあるサンヘドリン(最高法院)に出向いた。 いよいよユダは神殿に乗り込んでゆきます。サンヘドリンはユダヤの国会や最高裁のようなところなんでしょう。権力と権威の中枢。 神殿といえば、現在では「...


