2020年4月30日木曜日

共同墓地


さてピラトの命令を受けた四人の兵隊たちは、イエスの遺体を麻袋にいれて「共同墓地」まで運んでゆきます。そこは「城壁の南、ヒンノムの谷にある塵芥(ごみ)の集積地」で、「身元の不確かな処刑者はそこに遺棄されるのが常であった」と書かれています。途中は雨後のぬかるみ道で、兵隊たちはもう大変。でもなんとか辿り着きます。そこは「世の中の穢れという穢れがここにすべて集められたような観を呈している」ようなおぞましいところ。そんなところにイエスは棄てられたのです。

もちろんこれは作者の想像ですが、イエスの復活をこんな風に物語ってみせてくれたのはとても興味深いことです。これは単純に「真相はこうだ」みたいなものとは似て非なるものです。それは復活という事件が単純なことではないという認識から生まれた真剣な想像だと思います。ふつうクリスチャンは復活をまるごと信じていて、疑うことは不信仰だみたいにとらえているようですが、わたしは疑ったからって、それで信仰に反しているとは思いません。疑うことで理解できることだってあると思うから。じゃあどう理解するのっていうと、イエスなら「聴く前に自分で考えよ」って言うんじゃないかしら。きっと作者は真剣に考えているんだとおもいます、復活という出来事を。だからわたしには作者の想像がとても興味深く感じられるんです。

2020年4月29日水曜日

ピラトが案じた一計


さて第1章の最終節14節です。この節は小説としてとても面白いし、これが契機になってつぎに大きな意味をもってくるので、その意味でも重要な節です。
こんなふうに始まります……
その夜、アントニア城塞にいる総督ピラトの前に四人の兵隊が招集されていた。それはピラトが案じた一計を実行に移すためであった
どうして一計を案じたかというと……イエスを葬り去ったユダヤの祭司たちが、イエスの甦りを心配して、兵隊にイエスの墓をみはってほしいとピラトに頼みにきたことからはじまります。ピラトは最初断りますが、祭司たちが安息日が明けるまでは墓には行けないってゴネるので、ピラトは思案したあげくに「一計」を案じるんです。
その「一計」とは、イエスの墓を守ることではなくて、イエスの遺体をひそかに運び出して「共同墓地」に棄てるというのです。一夜明ければ墓はもぬけの殻。祭司たちの鼻をあかしてやるにはいいアイデアだってピラトは考えたのです。

2020年4月28日火曜日

時空を超えて響いて来るような……


ヨセフは内心ではもうイエスの側にいました。いまもむかしもお役人や肩書のあるひとって、立場上自分の本心を打ち明けることがむずかしいんですね。でもヨセフがえらいのは、イエスの遺体の引き取りを申し出たことです。こんなこと上司に見られたりだれかに告げ口されたらヤバいでしょ。自分でもそう考えてしまったらきっと心にブレーキをかけてしまうでしょう。でも十字架にかかって死んでゆくイエスをみて心が動いたんだと思う。その場に立ち会ってないからわからないけど、とにかくすごいことだったんでしょう。でもヨセフにしてみれば自分が情けなかったのでしょう。かれはため息をつきます。それにつづく描写がすてきです。まるでかれの心を表しているようです。
角笛(ショファル)の音が ― それはまるで時空を超えて響いて来るような、ユダヤの古(いにしえ)を偲ばせる物悲しい調べであった ― 過越しの一日の終わりを告げていた。ヨセフは従者に命じて墓の入口を閉じさせた。
さてこのあと、ヨセフとマリハムたちは連れだって帰路につくんんですが、ベタニアの宿舎(マルタの家)までは遠いし、道は暗いので、それを気づかったヨセフは、「今夜は家に泊まりなさい」と勧めます。マリハムは「お言葉どおりに」とこたえます。こうして13節がおわります。

2020年4月25日土曜日

聴く前に自分で考えよ


ヨセフは告白します。自分が体制側にあっても、「この人のことは他人事には思えなかったのだ」って。だからイエスの説教を聴きに行ったというんです。マルコがイエスの追っかけだったのと似てます。ちょっと失礼して……
じつはわたしは一度、この人に訊ねてみたことがある。『貴方が神殿を批難する真意は何か』と。するとこの人は言った。『聴く前に自分で考えよ』と。そして、『聴くことのなかに答えはあるものだ』と。
ヨセフは「なるほどと思った」と書いてあります。たしかにそういうことってありますね。ヨセフは内心ではもう神殿体制が壊れかけていることを知ってたんです。
こういうことって歴史ではたびたびありますね。まえのシステムが古くなって、それを改革しなければならないことが。イエスはそういう時点に立ってものを言ってたんです。だから聞く耳がある人なら、イエスが正しいことを言ってるのがわかるんです。これっていまの政治にもいえそう。原発にしたって、戦争にしたって。こんなのもう止めましょう!

2020年4月24日金曜日

わたしはヨセフという者

「わたしはヨセフという者。いまはサンヘドリンの議員をしておるが、もとはアリマタヤの者だ。アリマタヤをご存知か?」
ヨセフはこう言って自己紹介をはじめます。小説に書かれてますが、アリマタヤはサマリアに属したところで、小説には「高名な預言者が生まれたところ」とあります。高名な預言者ってだれだっけ? ちょっと調べてみたらサムエルでした。教会に連れていかれていたころ、教会でみる「聖画」(絵葉書みたいなの)に巻き毛のかわいい男の子が手をあわせて祈っているのがあったけど、そのモデルがサムエルでした。それはともかく、マリハムにとって驚きだったのは、ヨセフがサマリア人で、しかもサンヘドリンの議員だったことです。聖書ではサマリア人はユダヤ人から差別の対象にされている人たちです。(イエスの有名なたとえばなしに「よきサマリア人」というのがありますが、そこで語られている大切なことは、人々が差別や偏見を超えていくことです。)でもヨセフはそんな土地の出身者でありながら、ユダヤの最高機関であるサンヘドリンの議員になったんですから、さぞや克己心のつよいひとなんでしょう。
でもマリハムにしてみれば、かれは夫を殺した体制側のひとです。だからヨセフの身分を知ったとき、彼女が驚いたのは当然です。でもヨセフがマリハムたちをじっと見ていたように、マリハムもヨセフがイエスの遺体を引き取って、お墓に入れるところまでずっと見ていたんです。そのすがたにマリハムのこころが動かされなかったはずはありません。だからヨセフがたとえ体制側のひとだと知っても、イエスが差別や偏見を乗り越えていくことをめざしたように、マリハムも権力側のヨセフとの間にある壁を乗り越えようとする姿勢をみせているんです。「なんじの敵を愛せ」って、こういうことかも知れない。

2020年4月23日木曜日

さあみんな、ラボニにあいさつしましょう

マリハムといっしょにお墓を訪れた女たちについては詳しく描かれてません。
ともかく彼女たちはマリハムにうながされて、イエスに「挨拶」します。
「さあみんな、ラボニにあいさつしましょう」 マリハムはそう言って立ち上がると、ひとりひとりにイエスと対面するよう促した。 ヨセフはその間、壁際に立って、女たちがイエスに挨拶する様子をじっと見ていた。
何気なく読み流してしまいそうなところですけど、ヨセフがじっと見てるところがキモです。彼は女たちのふるまいを見て何かを感じ取っているんです、きっと。このあとヨセフに命じられて家から「亜麻布」を取りにいった従者が戻ってきて、その亜麻布でイエスの遺体を包みます。そのあいだ、ヨセフはマリハムと立ち話をするんですが、そこでヨセフは自分の身分をあかします。ヨセフがそんな気持ちになったのは、マリハムたちがすることを見ていたからでしょう。彼の心なかでなにかが動いているんでしょう。

ヨセフの自己紹介については、つぎにします。

2020年4月21日火曜日

かの女は指で傷口をさすった


マリハムはイエスに対面します。
最期の晩餐からまだ一日も経っていません。ひどいスピード裁判のあげく処刑されてしまった夫の変わり果てた姿をまえにして、マリハムは胸が張り裂けそうだったにちがいありません。でもその辛さを抑えて気丈にふるまう彼女の、なんといじらしいことでしょう。その場面を、ちょっと失礼して……
女たちはその姿をみると、あっと声を挙げた。だがマリハムは取り乱すことなく、イエスに近づいた。その顔は眠っているように見えた。かの女はイエスの遺体を覆っている外套(サガム)を僅かにずらした。胸部が露わになった。その躰はヨセフの従者らの手によってすでに浄められていた。
「ラボニ」                                                            
マリハムはイエスに向かって呼びかけると、その手を握り締めた。イエスの手は氷のように冷たかった。かの女はその手を握ったまま、もう一方の手で夫の髪を撫でた。髪は雨のせいで湿っていた。その髪を指で梳こうとすると、額に茨の棘の跡が露われた。かの女は指で傷口をさすった。かの女は無言のまましばらくそうしていた。女たちの啜り泣きが聴こえた。
 
     

            

2020年4月19日日曜日

遺体の引き渡し

 議員のヨセフ(アリマタヤのヨセフ)がローマの隊長にイエスの遺体の引き取りを申し出ます。どうしてかれはそれを申し出たのでしょう? 理由はあとでわかります。
 ともかく遺体の引き取りは許可されます。ヨセフはさっそく遺体を墓に運ばせます。お墓は「ゴルゴタの丘に近い窪地にあった」と書いてあります。そこはヨセフが所有するお墓なんでしょう、きっと。
 ヨセフが従者たちに命じて遺体の浄めをさせているあいだ、墓の外に出ていたヨセフのところにマリハムたちがやってきます。かのじょたちはずっとヨセフの行動を見ていたのです。ひととおりあいさつがすむと、マリハムたちはヨセフの許可を得て、墓に入ります。イエスの遺体が安置された墓の中のようすが、つぎのように描写されます。
 灯火に照らされた墓の内部は思ったよりも広く、奥行きもあった。その奥の台座にイエスの遺体が安置されていた。
 そこでいよいよマリハムは、イエスに対面します。このつづきはまた……


第2章について

  『マルコによれば』第2章について書いてきました。ここでちょっとこの章について感想を述べてみます。  本章は時系列からいうと第1章(プロローグ)の前に位置します。第1章はイエスの「 公生涯 」に沿った物語展開でした。本章はその前史で、作者が想像的に描いたものですが、イエスがキリ...