「わたしはヨセフという者。いまはサンヘドリンの議員をしておるが、もとはアリマタヤの者だ。アリマタヤをご存知か?」
ヨセフはこう言って自己紹介をはじめます。小説に書かれてますが、アリマタヤはサマリアに属したところで、小説には「高名な預言者が生まれたところ」とあります。高名な預言者ってだれだっけ? ちょっと調べてみたらサムエルでした。教会に連れていかれていたころ、教会でみる「聖画」(絵葉書みたいなの)に巻き毛のかわいい男の子が手をあわせて祈っているのがあったけど、そのモデルがサムエルでした。それはともかく、マリハムにとって驚きだったのは、ヨセフがサマリア人で、しかもサンヘドリンの議員だったことです。聖書ではサマリア人はユダヤ人から差別の対象にされている人たちです。(イエスの有名なたとえばなしに「よきサマリア人」というのがありますが、そこで語られている大切なことは、人々が差別や偏見を超えていくことです。)でもヨセフはそんな土地の出身者でありながら、ユダヤの最高機関であるサンヘドリンの議員になったんですから、さぞや克己心のつよいひとなんでしょう。
でもマリハムにしてみれば、かれは夫を殺した体制側のひとです。だからヨセフの身分を知ったとき、彼女が驚いたのは当然です。でもヨセフがマリハムたちをじっと見ていたように、マリハムもヨセフがイエスの遺体を引き取って、お墓に入れるところまでずっと見ていたんです。そのすがたにマリハムのこころが動かされなかったはずはありません。だからヨセフがたとえ体制側のひとだと知っても、イエスが差別や偏見を乗り越えていくことをめざしたように、マリハムも権力側のヨセフとの間にある壁を乗り越えようとする姿勢をみせているんです。「なんじの敵を愛せ」って、こういうことかも知れない。
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