ユダはこんなふうに感じています。ちょっと失礼して……
ユダは窓に目をやった。アーチ型に切り取られた大窓の向うに、晴れ渡った午後の空が広がっているのが見えた。だがユダは自分が牢獄に繋がれた囚人のように思えた。いや囚人のほうがまだましだった。自分にはその良心さえ見出せなかった。この神の宮で愚かにも、怖しい密談をしていたのだと思うと、なさけない気がした……
でもユダは大仕事をしたのではないの? 胸を張るってわけにはゆかなくても、イエスと仲間のためにがんばったはずでしょ。でもこの節のはじめのところで「いま自分がここにいることが、自分の意思ではなく、何者かの意思によってすでに決定されているような、そんな運命の巡り合わせを感じるのであった……」と書いてあって、なにかフクザツなものを感じさせます。
歴史のなかでは、大物に仕える人が身をささげて自分を滅ぼしていくということがありますよね。
ユダはそんな歴史に埋もれた名もない人たちの代表かもしれない。
でも名前は残りました。でも悪名なのが気の毒。作者はこの小説でユダの名誉回復をはかったのかもしれませんね。
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