情景描写のあと、ユダと審問官とのやりとりの場面が挿入されます。けっこう長いです。そのなかでイエスを逮捕して殺すためには、ユダヤ側で裁くだけではダメで、イエスをローマに引き渡す必要があるというんです。それでイエスにちょっとしたお芝居をさせて、「このひとローマに反抗しましたよ」って逮捕して、ローマ側に突きだそうというんです。
でもローマに逆らったら大変です。イエスの仲間まで全員逮捕されてしまいます。そのことをユダがいうと、審問官はだいじょうぶって言うんですけど、ほんとにだいじょうぶなんでしょうか?
「神殿は屍(しかばね)のうえに立っている。神殿の地下にはどれだけの屍が横たわっていることか。ヨハネも殺害され、屍になってしまった。おれもいずれそうなるだろう。だがその累々と横たわる屍の中から、何かがむっくりと起き上がってくるに違いない。おれはそのためにここで一粒の種になろうと思う……」
「……かれらは病める者たちにも貧しい者たちにも寄り添わず、ただ貢税を搾り取って、自分たちを肥え太らせているだけだ。おれがここへ来たのは、かれらにそのことを分らせてやるためだ。……だがかれらは耳を傾けるどころか、おれを排斥しようとしている。だからおれはここを去ることにしたのだ」
「みな聴いてくれ。おれは今日でここを去る。お前たちも知ってのとおり、おれは官憲に狙われている。だがおれが心配しているのはお前たちのことだ。おれの巻き添えをくって、お前たちまで逮捕されてはかなわぬ。だからしばらくの間、おれに構わないでくれ。おれはここを去るが、お前たちはここに残れ」
「師よ、貴方はなぜエルサレムに来たのか? 日ごろ神殿を強盗の巣だと批難していた貴方のことだ。おれはもう少しここで立ち回ってくれるものと思っていたのだが……それに師よ、貴方はときどき、自分はいつか死ぬと言っていた。それはこのエルサレムの話ではないのか……」
「幻? そうかも知れぬ。何の応えも返って来ないのはそのためだったかもしれぬ……」
「まだ分らぬか。応えがすでにあることを」「応えがすでにあると? おれは運動に挫折した男だ」「同じことだ。お前はここにいるではないか。それが応えだ。神の心とはそういうものだ」
「……そう言えるのは貴方が神の子、いや人の子だからか?」 「そうではない。神の子であれ、人の子であれ、神の心というものはこれだと言って示すことはできぬ。お前は神を何処かにいるものと思っているようだが、そういう神ならどこを捜しても見つかるまい。お前が希望を託した神は幻にすぎぬ」
『マルコによれば』第2章について書いてきました。ここでちょっとこの章について感想を述べてみます。 本章は時系列からいうと第1章(プロローグ)の前に位置します。第1章はイエスの「 公生涯 」に沿った物語展開でした。本章はその前史で、作者が想像的に描いたものですが、イエスがキリ...