まえのつづき。シモンは言います。
「幻? そうかも知れぬ。何の応えも返って来ないのはそのためだったかもしれぬ……」
そうだよね。神なんてまぼろしだよねって思いきや、
「まだ分らぬか。応えがすでにあることを」「応えがすでにあると? おれは運動に挫折した男だ」「同じことだ。お前はここにいるではないか。それが応えだ。神の心とはそういうものだ」
そう、もうすでに生かされてるんだってこと。ほかになにがいるのって。
その命を大切にして精一杯生きよって、それが神の心の実践だって、そうイエスは言ってるんです。
そう思うと、イエスの死は、死ぬことじゃなくて、生きることだったんだなって、思えるんです。
ちがうかな?
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