雨雲が垂れこめていた。その曇天の下、ゴルゴタの丘に一本の杭がぽつねんと立っている。その上空を鳥が舞っていた。……
13節はこんな書き出しではじまります。引き立てられたイエスの前で罪状が読み上げられます。「この罪人、ガリラヤのイエスは、ユダヤ王の僭称、および皇帝に対する反逆の廉により死罪と決せられた者である。これより罪人イエスに対して下された刑を執行する」
こうしてイエスは両手首に釘を打ち込まれ、その横木が杭に差しこまれます。そして杭が突き出たところに「ユダヤ王」という捨札が張り付けられます。でもこれは冤罪なのです。いつの時代もこういう良心の囚人がいますが、イエスもそのようにして死刑にされるのです。でも悲しいことに、イエスは嘲りを受けます。
受難の場面は福音書でもわりとくわしく書かれていますが、作者はそれをなぞるようには書いてません。いちばん大きな違いは、福音書ではイエスの両隣りに囚人がいるのですが、小説ではイエスがひとりいるだけです。それから有名な「わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という言葉もありません。イエスはもう一言も発していないのです。
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