2018年4月17日火曜日

一粒の種が地に落ちて死んだ


 一粒の種が地に落ちて死んだ ― まさにそのとおりになったのだ。

 イエスは死にました。

福音書をみますと、イエスが死んだとき、男の弟子たちの姿はなく(逃げていってしまったのでしょうか)女たちが「遠くから見守っていた」と書いてあります。そのなかにマグダラのマリアもいます。イエスの母マリアも「小ヤコブとヨセの母マリア」と書いてあって、その場にいたようですけど、なぜかマグダラのマリアの方が目立つように書かれているのは、わたしの勘違いでしょうか?

 でも小説ではようすがちがいます。ペトロはこの状況をしっかり観察してます。ペトロはユダからイエスの「計画」のことをあらかじめ聞かされ、かれから後事を託されているからです。ユダはペトロに「師が死んで、お前が生きる」と言われてました。いま、そのときが来たのですから、ペトロの身がひきしまらないはずはありません。
 
 わたしたちは弟子たちをダメンズだったと見てますが、小説ではぜんぜんちがいます。たしかに型破りな先生にくらべると見劣りしますけど、ただダメなんじゃない。ユダとペトロが、先生であるイエスの意志(遺志)を理解して(もちろん簡単には理解できないとしても)、それを完成させていったのですから。もちろんそれは小説のなかの話ですけど、それでもわたしはそこにリアリティを感じます。
だからこの小説は面白いのです。


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