2017年8月17日木曜日

逮捕の計画

さて神殿側の人たちはこの事件を利用して、イエスを逮捕しようと計画します。でも簡単には手が出せません。民衆を敵にまわすことを怖れているためです。
イエスの仲間たちもイエスが逮捕されることを心配して、イエスにエルサレムから離れるように勧めます。もちろんイエスは何もしていません。でもイエスに類が及ぶことを怖れたのでしょう。
それには理由があります。イエスの仲間たちに熱心党の者がいたからです。たしかに聖書にも弟子のひとりにシモンという人がいます。このひと第4章で大きく取りげられますけど、それはまた先のこと。

ここではシモンといっしょにユダの名前があがってきます。いよいよ第1章の中心人物の登場です。


2017年8月16日水曜日

宮の清め

宮の清めというのは、イエスにしてはめずらしい暴行です。こんな神聖な場所を商売で汚すなんて、ここを「強盗の巣」にすることはで許さないぞ!(小説には書いてありません) 
すごい剣幕で台や腰掛けをひっくり返します。
こんなことをすれば、いまならすぐに逮捕されますよね。でもイエスは民衆を味方につけていたから、警備の人たちも手がだせなかったのね。でもこれをきっかけに、祭司長や律法学者はイエスを殺そうとします。
これが聖書に書かれていることだけど、マルコの11章に。でも「マルコによれば」では、騒ぎを起こしたのはイエスではなくてガリラヤからきた「盗賊たち」になってます。「『盗賊』たちは両替屋から奪った金品を懐にして、あとは散り散りになって逃走していった」って書いてありますから、かれらはお金めあてに暴行をはたらいたのでしょう。その濡れ衣をきせられたのがイエスというわけです。
でも作者がそうした理由はなんでしょう?
聖書の記事の方がストレートでわかりやすいですよね。宮の清めというのは後からつけた意味だとしても、神殿の境内で暴行をはたらいたというのはとてもリアルだから、ほんとうにあったように思えます。でもガリラヤから来た強盗たちっていうのも、なにか意味ありそうですね。あとで出てくる熱心党かもしれないし。
でもイエスの暴行も、なんだか突然キレた感じもしますね。むかしのお父さんみたいに、気に食わないと言ってちゃぶ台ひっくりかえしたみたいに。マルコはそれをお祓いの儀式みたいな意味にしたのかも。でもそれならリアルじゃなくなりますね。わけわかんないけどキレちゃったほうが、リアルですよね。

わたしのかってな想像だけど、作者はイエスひとりの仕業ではなくて、ガリラヤからきた人たち(盗賊にカギかっこつけて「盗賊」にしてますから、本物の盗賊じゃないってことですね)の仕業にすることで、もっと社会背景とか時代背景とかいったものを取り込みたかったのではないかな? 

 ちょっとあとで気がついたんだけど、神殿の境内で商売している人たちを追い払うなんて、イエスらしくないと思いません? みんないっしょうけんめいに生活している人たちでしょ。もちろんあこぎな商売をしている人もいるかもしれないけど、取税人だって娼婦だって、祭司や律法学者なんかよりもずっと神の国にちかいって言った人です。犠牲のハトを売る人も、両替屋さんも必要でしょ、神殿には。日本でも祭日のお寺の前で屋台が出てるみたいに。だったらそんな人たちを「ここは神聖な場所だ。おまえたちはそれを強盗の巣にしているぞ。ここから出ていけ」なんて言う? 言うとしたら、魅力ないよね、そんなイエスに。



2017年8月13日日曜日

事件

3節です。
事件が起こったのはそんな折だった ――
いきなりです。
そのあと、神殿の境内で「盗賊」たちが引き起こす騒動が活き活きと描かれます。映画のシーンをみているようです。
物が散乱し、金銭が撒き散らされ、動物たちが逃げまどい、何百羽という鳩が人々の頭上を飛び交っていた。境内は人々の叫喚や悲鳴で騒然となった。
神殿の警備兵だけでは収拾できない事態に、いよいよローマ軍が介入してきます。
彼らは境内に駆けつけるや、馬上の指揮官の号令一下、一斉に剣を振りかざして逃げまどう人々の上に襲い掛かった。人々は門に殺到した。だが門はすでに閉ざされていた。その前で大勢の者が押し倒され、圧死する者たちがいた……
  
 これは聖書では「イエスの宮清め」(マルコ1115-19の場面に相当するのでしょうか? もしそうだとしたら、なぜ作者はイエスではなく「盗賊」に変えたのか、それがよくわかりません。


2017年8月11日金曜日

共通の敵

2節は神殿勢力の動きを描いておわります。
神殿の者たちは苛立っていた。かれらにしてみれば、律法にもとづいた秩序の安寧を維持することは自分たちの義務であり、神の前に疾しいところはない筈だった。だが、しばしば衆目の前で行われた問答において、イエスの対応が正鵠(せいこく)を射たものであることは認めざるを得ない事実であった。しかしそれがかれらには許せなかった。 
組織に縛られたひとたちが陥りやすいジレンマですね。この人たちはいつもは仲がわるいくせに、イエスを「共通の敵」にして同盟するんです。このひとたちというのは「祭司たちとファリサイ派の者たち」です。聖書にもイエスの敵として、よく登場しますね。


2017年8月9日水曜日

目当てはイエス

そんなイエスを見て、マルコはどう思ったのでしょう。ちょっと失礼して……
マルコはますますイエスに傾倒した。イエスの現れるところにはいつでもマルコは出掛けて行った。そのときはまだペトロのことはよく知らなかった。何しろ目当てはイエスだったのだ。とにかく若いマルコはイエスに心酔していた。
 その気持ちよくわかります。尊敬できる人がみつかってよかったねマルコ。やがてイエスは殺されてしまうけど、元気なイエスの姿に接することができたマルコはラッキーだったと思います。

2017年8月8日火曜日

骨のある人

でもイエスはカッコいいだけではありません。エルサレムに乗り込んで、神殿の権威と闘うんです。
イエスVS 神殿!
そこで有名な場面が描かれます。ファリサイ派の男が「皇帝に税金を納めるべきか、それとも拒否すべきか」とイエスに問います。聖書(マルコ1213節から)では「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」と書いてあります。この言葉は有名です。
でも小説ではちょっとちがってます。
イエスは皇帝の肖像が彫られたコインを相手にもたせて、
お前たちが嫌っている男だ。だがお前たちもその銭を納めているのだろう。
  と言って、問い返すのです。だってそうでしょ。税金を納めるべきかどうかって聞くまえに、もう自分たちは納めているわけでしょ。きっとイエスは「自分の胸に聞け」って(小説に書いてないけど)相手に言ってるんです。


それだけじゃありません。イエスは「神殿税はどうか?」と問い返します。聖書には書かれてません。でも、とてもリアルな場面です。
「お前たちこそ民衆から税金をしぼりとってるじゃないか」(これも小説には書いてありませんが)ってイエスは言ってるんです。
小説を読み進めていくとわかってきますが、このころのユダヤでは、民衆はローマの支配だけじゃなくて、神殿からも支配されていたみたい。だから民衆は二重に税金を取り立てられて苦しんでいたのです。

そのことをイエスは指摘しているんです。イエスはカッコいいだけじゃなくて、骨のある人です。

2017年8月7日月曜日

祭礼の行列

第2節は、エルサレムに入城したイエスの姿が描かれるところから始まります。
その姿は、つぎのように描かれています。
イエスが晒しの効いた胴衣を麻の腰紐できりっと結んで歩むさまは、他人(ひと)を惚れ惚れとさせた。イエスは大勢の人々を随えて、さながら祭礼の行列を率いる祭司のように、颯爽と練り歩いていくのであった……
活き活きとした描写ですね。イエスがカッコいいアイドルみたい……




2017年8月5日土曜日

マルコ像

第2節に入る前に、作者の竹内豊さんのブログをご紹介します。
本と同じタイトルのサイトですから、「マルコによれば」といいます。
右サイドのリンクをクリックしてみてください。
 作者の顔写真もありますよ。
作者のプロフィールに書いてあることをコピペすると、
『マルコによれば』という小説の執筆者です。このブログは小説執筆のためのサブノートです。とくに学術的な価値はありません。執筆にさいして、いろんな文献やサイトの資料(史料)を漁り、そこから創作のヒントを得ています。「こぼれ話」として読んでいただければ幸いです。」

 ブログは2013年4月25日から始まっています。
最初はマルコについて書かれています。はじめにマルコがどんな人か、作者はマルコ像を組み立てるのにいろいろ調べたりしたんでしょうね。
読んでみると、マルコはペトロの「通訳」だったみたい。「このブログではマルコをペトロの『通訳』つまり弟子としてみていく」と断わっています。(「マルコと呼ばれるヨハネ」201356日)

また「マルコの出生」(59日)では、「青年マルコ(19歳)を、エルサレムの指導者となっているペトロが『わが子のように』育てたとしても不都合はない」とあります。それで小説では、マルコがペトロの弟子になったのが「二十歳になったばかり」とあるんでしょうね。

2017年8月3日木曜日

あなたの弟子にしてやってください

そしていよいよマルコがペトロの弟子になるところです。
そんなある日、母が改まって師の前に息子を立たせて言った。  
「この子をあなたの弟子にしてやってください。この子ならギリシア語もできますし、何かとお役に立てるかと思います」
ちょっと飛ばして(スミマセン)
師は柔和な目でマルコを見つめ、「いいのか」と訊いた。 
「はい」とマルコは答えた。この時、マルコはちょうど二十歳になったばかりであった……
 これで第節が終わります。


2017年8月2日水曜日

マリアの家

これから回想に入ります。
マルコが師と出逢ったのは師の「師」イエスが処刑された頃のことである ――
 師のペトロがよく訪ねるのはマルコのお母さんが経営する旅館「マリアの家」。
ここは最後の晩餐の会場にもなったところのようです。
まだ作者は書いていませんが(ですから読んでないのですが)、この家は、きのう触れたペトロが天使の助けで脱獄したあと立ち寄ったところでもあるみたいです。
「使徒言行録」では12章12節。脱獄したあと、「ペトロは、マルコと呼ばれていたヨハネの母マリアの家へ行った」と書かれています。

話を小説に戻しますと、イエスが亡くなったあと、この「マリアの家」にペトロたちは集まって、会食したり、宴会をしたりしていたみたい。
ちょっと失礼して……
少しばかり酔いがまわると、かれらはまるで現実を忘れたかのように陽気になり、広間は晴れやかな声で満たされた。そんな時には師の口から歌が漏れた。おそらくはガリラヤ地方の民謡であろう。力強い歌もあれば、愛(かな)しい歌もあった。それを師が歌うと、味わい深い独特の節になるのがマルコには不思議であった。

素敵な場面ですね。


2017年8月1日火曜日

師の遺言

先生のペトロの「証言」を託されたマルコ。
ガリラヤ湖畔に佇んでいる老いたマルコは、先生の遺言を思い出しています。 
「マルコよ、お前の思うように書き記すがよい。だがかならず『師』のことを書き遺してくれ。それがおまえの使命なのだ」―― これが師の遺言だった。
マルコの「師」はペトロ。ペトロの「師」はイエスなので『師』になってます。


第2章について

  『マルコによれば』第2章について書いてきました。ここでちょっとこの章について感想を述べてみます。  本章は時系列からいうと第1章(プロローグ)の前に位置します。第1章はイエスの「 公生涯 」に沿った物語展開でした。本章はその前史で、作者が想像的に描いたものですが、イエスがキリ...